その場所で廃棄物が出土したのは2024年。
土地をめぐるトラブルとしては現在進行中のケースですので、筆者自身、この事案を当初は、旧民法の「瑕疵担保責任」の問題だと考えていました。
しかしながら、トラブルの経緯を調べてみると、本件の不動産売買契約は2022年11月。
2020年4月の民法改正後に締結されているので、この土地取引に適用されるのは民法第562条以下の「契約不適合責任」であって、旧民法第570条の「瑕疵担保責任」ではないことが判明しました。
※民法附則34条1項で、契約締結日が施行日(2020年4月1日)より前か後かで、新旧の適用が分かれます。
なお、売主が知りながら告げなかった事実については、民法第572条により売主の免責特約も制限されます。
事案の整理
2025年9月13日付 南日本新聞 「〈詳報〉西之表市が提供した自衛隊宿舎建設地から大量のごみ… 他の用地求める国、現在地で継続望む市 工事再開へ協議難航」
鹿児島県西之表市の馬毛島基地(仮称)関連の自衛隊員宿舎建設で、下西校区の予定地から大量のごみが出土して工事が中断し、再開に向けた協議が難航している。市は12日、周辺のボーリング調査結果を明らかにしたが先行きは不透明だ。関係者によると、他の用地を求める防衛省側に対し、土地を提供した市側は現予定地での建設継続を要望。工事には既に9億円が投じられており、廃棄物の処理を含む費用負担の調整も重くのしかかる。廃棄物処理場跡と認識し土地を売買したか意見が食い違う中、両者は落とし所を探っている。
予定地は防衛省が2022年11月、市から2260万円で取得し、24年3月に工事契約した。10階建て1棟、97戸分を計画する。
- 工事契約(2024年3月)の後、同年9月になって掘削現場から石、空き瓶、古タイヤ等が続々と出土
- 同年11月に工事は中断し、現在に至るまで再開の見通しは立っていない
- 一帯は1960年代に「塵芥(じんかい)処理場」として使われた場所であり、周辺に埋まる廃棄物は約27万トンに及ぶ可能性も報じられている。
西之表市側の主張は
- 「現地調査で防衛省担当者に口頭で伝えた」
- 「ファイル名に『旧塵芥処理場』と明示した資料を渡した」
- 「落ち度はなかった」
防衛省の主張は
- 「宿舎建設用地の適地として提示され購入した」
となっているため、土地の売主と買主の見解が真っ向から食い違っています。
その後、西之表市側に、廃棄物混じりの土の処分費負担の意向という続報がありました。
2026年6月20日付 南日本新聞 「ごみ処理代替「特殊事例」――自衛隊宿舎建設地問題、西之表市長が見解」
防衛省が鹿児島県西之表市で計画する自衛隊宿舎建設工事が地中から大量のごみが出たため中断している問題で、八板俊輔市長は19日、南日本新聞の取材に応じた。ごみの混ざった土を市が工事業者に代わって処理する方針について、「責任を取るという意味ではない」と従来の見解を維持。「市民の要望」などを理由に「特殊事例」だとした。例外的な措置を選択した客観的な判断根拠は明示しなかった。
(中略)
土地の売価は2260万円。市はすでにボーリング調査費約1100万円を拠出しており、今回を含めると2000万円を超える。拠出の妥当性については「予想しなかった事態に対応するため」と述べるにとどめた。
論点1:契約書に「ゴミが埋まっている事実」を書かなかった売主の過失と、その法的根拠
冒頭で触れたとおり、本件は契約不適合責任(民法562条〜566条)の問題となります。
地中に大量の廃棄物が埋まっている場合は、引き渡された土地が「契約の内容に適合しない」状態に他なりません。
買主(防衛省)には、売主に対して追完請求、代金減額請求、損害賠償、契約解除を求めることが認められています。
売主たる西之表市にとって鬼門と言える条文が、民法572条です。
売主が「契約不適合責任を負わない」という免責特約を結んでいたとしても、「知りながら告げなかった事実」については、その責任を免れることができない、と定められているからです
つまり次のような構図になります。
西之表市は自らの広報紙に「塵芥処理場」と記録が残る土地の経歴を、当然に知っていた(むしろ「事前に説明した」と主張している以上、そんな履歴は知らなかったと主張できない)。
しかしながら、その重大な事実を契約書本文に書かず、「口頭説明」と「塵芥処理場跡地という文言がファイル名に含まれた資料の提供」だけで済ませています。
西之表市側の「口頭で伝えた」という主張は、まさにこの民法第572条の「告げた」という要件をクリアするためではないかと考えられます。
しかし、「(推定)27万トンの廃棄物が埋まっている可能性」という重大事実の開示として、「口頭説明」と「塵芥処理場跡地という文言がファイル名に含まれた資料の提供」だけで足りるのか?
「信義則上の説明義務(民法第1条2項)」に照らせば、甚だ心許ない開示と言わざるを得ません。
しかも、開示したことの立証責任は売主側にあり、契約書上で明示していなかった以上は、「言った・言わない」の水掛け論にしかなりません。
売主自身がその土地の経歴を知りながら、契約書本文に一行も書かなかった。
これが、西之表市側に契約不適合責任が問われる可能性がある最大の理由であり、説明義務違反・契約不適合のリスクが売主側に重くのしかかることになります。
廃棄物処理法から見た余談――誰が排出事業者なのか
市は「廃棄物処理法を根拠に、本来は工事業者がすべき産業廃棄物処理を肩代わりする」と説明したと報じられていますが、ここは正確な補足と訂正が必要です。
工事着工前に埋められた廃棄物が工事によって出土した場合に、廃棄物の処理責任を工事の元請業者に負わせてよいかは、慎重に考える必要があります。
廃棄物処理法第21条の3が元請業者を排出事業者とするのは、「建設工事に伴い生ずる廃棄物」―工事そのものから出る廃棄物―に限った話だからです。
工事以前から地中に存在していた廃棄物は、ここに含まれません(早くも昭和56年の疑義解釈で示されていた解釈基準で、現在の残置物通知にも引き継がれています)。
そうだとすると、1960年代の塵芥処理場に由来する本件の埋設廃棄物は、元請の「建設廃棄物」ではなく、それを埋め、管理していた者、すなわち売主たる西之表市の廃棄物と整理するのが素直です。
市長は「本来は工事業者がすべき産業廃棄物処理を肩代わりする」と説明していますが、もともと元請の廃棄物でない以上、これは「肩代わり」ではなく、西之表市が自らのゴミを自ら片づけている、というのが法的な実質に近いことになります。
(なお、これが一般廃棄物か産業廃棄物かは掘り出して排出する段階で判断されます。仮に一般廃棄物であれば、市町村の統括的処理責任〔廃棄物処理法6条の2第1項〕として、いずれにしても西之表市に戻ってきます。)
論点2:なぜ市は「契約不適合責任」ではなく「特殊事例」と言い張るのか
なぜ西之表市は、税金を2,000万円超も投じながら、「市の責任ではない」「特殊事例だ」と主張する必要があるのかを想像してみます。
おそらく、地方自治法第242条(住民監査請求)と第242条の2(住民訴訟)を念頭に置いた主張と思われます。
とりわけ住民訴訟のうち第四号請求は、違法・不当な財務会計行為について、当該職員(=市長個人)に損害賠償を請求するよう、執行機関に求めるルートとなり、西之表市側としては絶対に避けたい事態と思われます。
現状で市が直面しているのは、「進むも地獄、退くも地獄」という出口のない二択かもしれません。
選択肢A:契約不適合責任を認める。
売主としての法的義務だから払う、と認める方法です。
市としての過失を自ら認めることになりますので、社会的な理解は得られやすい選択ですが、認めた途端に、「廃棄物処理場跡だと知りながら、契約書に明記しないまま売却した」という当初の売却判断そのものの瑕疵が前面に出ることになります。
その結果、西之表市に生じた損害(処分費・調査費等)について、市長の善管注意義務違反を理由に、住民監査請求 → 住民訴訟第四号で市長個人の賠償責任が追及される可能性があります。
選択肢B:法的義務はない、と言い張る(=特殊事例という論法)。
この主張を続ければ、土地売買当時の判断の誤りへの直接的な追及はかわせるかもしれません。
しかしそうなると、「法的義務がないのに公金を2,000万円超支出した」ことになり、それ自体が違法・不当な公金支出として住民監査請求の標的になり得ます。
しかも、本件土地はもはや市の所有ではなく国(防衛省)のもの。
他人の土地のために義務なき公金を投じるとなれば、なおさら説明が必要です。
※先の南日本新聞の報道では、『地域活性化への市民の要望、代替地がないことなどから判断したと説明。市民の要望は各所で聞いた意見を参考にしたという』という市長自身のコメントが掲載されています。
「特殊事例」という言葉は、責任問題を政策的裁量(行政裁量)の問題に押し込めようとする試みと考えられます。
市としては、政策的判断として説明することで、法的責任とは別の次元の問題として整理したいのかもしれません。
しかし、選択肢AとBのいずれを選んだとしても、西之表市民の意向次第で市側の責任追及が起こされる可能性が残り続けることになります。
論点3:では、こういう土地はどう契約書に表示すべきだったか
「埋設物のある(可能性のある)土地」を売買するなら、契約書に最低限このように表示する必要がありました。
- 地歴・現況の本文への明示。「本件土地は、昭和○年代に塵芥処理場として使用されていた土地である」と、契約書本文に書く。資料のファイル名でも、口頭説明では全然足りない。後で証拠になるのは、署名押印された契約書本文だけです。
- 地中埋設物の存在可能性と、買主の了承。「地中に廃棄物等が埋設されている可能性があり、買主はこれを了承のうえ取得する」旨を入れ、買主の認識を文面で固める。
- 撤去費用の負担区分。発見された埋設物の撤去・処分費を、どちらが、いくらまで、いつまで負担するのか。上限額・期間・対象範囲を具体的に切る。ここを曖昧にしたまま着工させると、まさに本件のように泥沼化してしまいます。
- 契約不適合責任の特約は「全部書いてから」免責する。売主が責任を限定・免責したい場合、やり方によってはそれも可能です。ただし民法第572条がある以上、知っている事実を全て開示したうえでなければ、免責特約は有効に機能しません。隠して免責、は有り得ません。免責特約は「開示の完全性」とセットで初めて機能します。
- 「現状有姿」は万能の盾ではない。「現状有姿で引き渡す」と書けば契約不適合責任を当然に免れる、というのは誤解です。
- 契約前の調査をケチらない。地歴調査、必要に応じてボーリング・試掘、そして旧処理場であれば土壌汚染対策法の確認(形質変更時要届出区域該当の有無等)まで視野に入れる。本件で市が後から1,100万円かけてボーリングしているのは、本来「売る前」にやるべき調査だった、とも言えます。
まとめ
地中に埋まっていた廃棄物は、契約書に一行書いておけば避けられた可能性がありました。
※もちろん、その場合には、埋設物がある土地の売買価格は、もっと安くなったはずですが
口頭説明とファイル名はだけで、「言った・言わない」の水掛け論から脱却できません。
そして契約書は、買主を縛るための道具であると同時に、売主自身を守る防具でもあります。
重大事実を本文に明記し、買主に了承させ、費用負担を切り分けておく――この当たり前の作法を省いた代償が、土地代に匹敵する持ち出しと、市長個人の賠償リスクという、現実的なリスクに発展しかねない状況になりました。
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